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あの「サイバービブリオキャットファイト」みたいな話なんですが。

はしごたんとc71が揉めてるアレですが。

はしごたんが電子書籍出したが、その協力者と不倫してた。

ここらへんの経緯は酷くスカッとしないのですが。


まず一点。
電子書籍を引用して感想を書いた人にはしごたんが噛み付いた件ですが、裁きはともかくとして、「電子書籍が私の一部」であり、「ある種の愛の結晶でもある」っぽいです。
自伝、というとなんですが、昔、自費出版が流行った時に、定年後のオッサンが「自分の生き様を本にした」というものに通じるものがあります。
この本、「著者から切りだされた『作品』」とはこの場合考えると多分はしごたんの考えてる事は分からないと思います。ブログは、はてなブックマーク側から切りだされたエントリを眺めるだけでは見えないものがある、ような感じで。
どういう形にしろ、ボクラは「はしごたんの断片」しか見えません。追及していくとはじごたん本人ですら「断片」しか持ってません。
豊胸手術で借金抱えた話だって、例えば、私は、人間の基本的な前提として「自分で選択している事を意識する」ので、「自分で選んで借金こさえて手術もリスクは説明されたと思うしなー」というだけなんですが、「他人に貼り付けられた評価を、大事に自分の評価として抱えてる人」には、「その選択を自分の意思でした訳ではない」と感じる事はあるでしょう。で、無論、我々の選択は周りの環境に依存しますし、限られたカード「のように見せられる」というケースは多々ありますが、人生所々でチートな隙間見つけて利用してる人見たりしてきたので、「別にそうせんでも良かったんでは」とは気楽に言えたりしますけどね。無論私が貧乳派というのもあるのですが、「そこまで乳の大きさにこだわる奴がいる訳ではない」「人間のアラ探しで、『当人の努力だけではどうしようもない所に言及するやつはいるが、そういうのを見抜くようにならないとどうしようもない』」とかがあるからですかね。
まあ、「こうしなければならない」みたいな所は大抵「思い込み」で、必ず「盲点がある」、くらいの事は、何となくでも理解しておくべきだと思います。
まあ別件ですけど、「大学卒業見込みで新卒採用されて、大学卒業出来なかったので就職逃しました」というような話では、「うーん、ウチには何人かそういうバカがいて、休職して単位取ってたよ」とか。私、就職氷河期に採用されたんですが、ぶっちゃけほとんどの人が就活終わってた5月から開始し、説明会とか終わってたけど会社に問い合わせしてみたら、案外幹部社員と個人面談とか出来たとか(で内定その場で出すと言われて、結局断ったりしたんですが)。結構、「考え方の隙間」ってのはあって、法律であるとかと違って何となくなルールは、必ずイレギュラー処理があって、そのイレギュラー処理ってのがこうヌルかったりします。他、今でこそ「アフィリエイトで暮らす」って、真正面から考える人増えちゃいましたけど、本来、「ローラー作戦でやったりすると、すげーウハウハだったり」という「あのビジネスモデルの隙間」なんですよ。ただ、公表する馬鹿が増えてしまい、広告出稿側に意識されるようになりつつあります。「お小遣い上げるからウチの製品の広告広めてねー」みたいなぬるさから、「売って来たら金やる」に。
「人間が血や汗流してゲロ吐くような話」ってのは、エンタメとしては結構定番で、よくああいう話の評価で「文章が上手い」という話がありますが、文章力ではなくテーマや構成の妙だと思います。ただ、はしごたんの本の場合には、最初の話の方が重くしっかりしているのに比べ、後の方の話がヌルく、時系列ではなく、一番目の話を最後に持ってきた方がいいと思いましたけど。


二点目。
より「人生っぽい」のが、結局これを「不倫過程と同じ時にやってた」事です。
単に並列的に行われていた、訳ではなく、本の制作から本の宣伝、批判への対応まで、そういう工程の中でやってます。一応、不倫はよくないことですし~という話は置いといて、不倫がなければおそらく出版もこういう形ではなかったでしょう。
私は同人活動という形ではやってないですが、こう、編集だとか作家だとかロールが明確になってなくて、混沌とした感じが、昔、傍で眺めていた後輩を兄弟にしてったとある寮外生の事を思い出してうわーってなります。いやまあマジで寮って中の人より外からやってきて関わろうとする人がヤバイ感じだったんで。そーいや、どこぞの活動家も訪れてピントのボケた話をしてたとか言われましたな。
こういうのは、だいたい破綻するんですが、それ、恋愛が普通に終わるのと違ってて、関係性が不健全・役割を担いきれなかったとかの不全・互いに互いの役割を勘違いしてるとかで、困難を伴う事が多いです。どちらが別れるにしろ、急に他人というか「対等な関係だよね」みたいにするんですが、「貴方の出版を助けます」みたいな形のってのは、関係性の中に若干「父性」が含まれます。擬似親子関係って敢えていいますが、恋愛関係と違うのが混じってて、こう、情熱が無くなったから終われるという関係ではないです。実際の所、恋愛関係と親子関係は違いますが実際の恋愛や家庭では綺麗に分離されている訳ではない(が故に、母親と娘のライバル関係・協調関係みたいなのとかは、一意に決まるものでもない)んで、だからダメとは言いませんし悪い訳でもないのですが、終わりを引きずるのは実に関係不全が昇華されてないという気がします。なんてのか、感謝という行為って、「気持ち切らしてません」ってことだって言えばいいですかね。所詮脳内の何かへの語りかけですがそれをしたくなるのは(公表したくなるのは)、終わってないって事ではあります。

c71がそのあたりで出て来て。

いや、もう眺めたくないタイプの人ではあるんで(精神疾患抱えている人が占いとかでアドバイスって、もうありがちな地獄です)あんまり言及しませんが、メンヘラ喰いだったのだなと思ったのはこれで。
いやそれでもこういうの捕まえるとか、ホントやべえなあと。うっかりイラストレーターみて吐きそうになりました。


当人のブログ見ても、ほぼ自己言及に近いです。はしごたんはどちらかと言うと自己制御すら出来てなくってダダ漏れするタイプです。こっちの人のは操作盤が狂っててガチャガチャやり過ぎるタイプ。自己を吐露するのにも、怨念で狂うのと自己制御的にやってて論理が壊れているのでは、そもそもの動機が違います。
故に、会話が噛みあう訳もないです。ただ、お互い鏡と話ているだけです。


はしごたんは本音を抜き取って本音の部分で会話しているのですが、c71のは本音をおそらく出せないです。自伝もおそらく化粧して書いてる事でしょう。もう読む気しないですけど。「操作性の強い人」というようなエントリで、思いっきり仄めかしメソッド使っているのがバレバレなのですが、一般化して殴る大変面倒臭いタイプです。


ただ、まあ、それぞれ別に悪いとは思いません。所詮他人事ですし。
はしごたんは、道祖神が一人いれば助かるんで誰か見つかるといいなとは思いますが、正直ぜぶら先生に従って瞑想でもした方がいいと思います。人生の振り返り方が、自虐な自分をネタにする方にしかないってのは、才能っちゃ才能なみたいな言われ方するけどいや自分を幸せにしなきゃダメだろとか。c71は異界に向いてるので駆除対象としてしか見ないけど。


正直あのはむすたー器用だなと思いましたが、それ以上に仕事ないのかなーとは思いますね。
私も今結構暇です。
ただ、あのはむすたーのような事する性格ではないですし、お節介な部分はあるけど野生に返すまでがお仕事よねと思う方なので。

余談として、不倫について。

「一般的に不倫は不幸になる」という観測結果からというよりは、不倫というのは、男女互いにどうしてももう違う立場から始まるので。
この歪さは解消出来るものではないです。


相手の離婚、そして略奪婚、というのが幸せなゴールになる事はまずなく、略奪した側が相手をモノ化する強烈さを持っていないなら、
まあ、都合のいい余所の女、にしかならんです。


とか言うと、お母さんとか呼ばれてる人を思い出しましたが、お前らみたいなのに説教してんのは何かしら「お前ら『には』幸せになってほしい」とか思ってんのかな。正直自分がキモイです。
でもまあ、繰り返しになるけど、所詮読み手側であり、そもそも自分が自分を救わないといけないよという人に対してなので、ボクらには救えないんで。ハゲとかでも「ハゲでも愛してくれる人を見つけろ」とかそんなものであり、植毛しても救われない。それ以上に「それを救いとは思えなくなっているお前らの脳をなんとかしろ」という話だし。


幸福は「義務」、とでも思ってほしい。