フランスの暴動の背景の話を簡単にまとめてくれている人がいたので。


japan-indepth.jp

補助線的なものを少し。

パリは昔の城壁が環状線になっているような街の作りをしていて、パリの中心地は結構ギッシリ詰まっていて、繁華街的な要素も強いです。また、環状線の外側にも結構街が広がっていますが、実はそこパリじゃねえって所も多いです。
「パリには高層ビルなんかは建てられない」んですが、隣接地域にはそういうビジネス街もあります。東京特別区全体のイメージはイル・ド・フランスとか言われてます。

参考までに、電車路線図等。
https://tricolorparis.com/paris-metro-map-ratp/

比較として東京置いておきます。

名古屋もしとこうか。

大阪。



実は、よくよく考えれば、我々が知っている「日本の街」でも、結構「市内」だと思っていたのが「郊外」であったりします。
東京とかであえて比べて言えば、歌舞伎町や新大久保がパリの中で治安悪いとか言われるタイプのところ、川崎ぐらいがバンリューにちょっと近いかも知れないが、うーん交通網はしっかりあるし、そこまでではないなという感じだろうか。
ただ、正直、日本の場合、相当にこの手の社会問題についてあまり発生していない、解消している所もあり、植民地政策もそんなに進んでいなかったというのもあって、あまり比較は出来ない。特に、植民地政策の問題については、韓国・中国という国家がまとめて取り扱っている所もあり、国家間のネガティブな感情が生まれている所はあるが、逆に言えば国家間の問題として取り扱われているという事でもある。
フランスの場合、大戦後も長く植民地政策を続けていたり、文化の略奪がルーブルを飾ってたりするわけで、アフリカの北部の未開拓あるいは発展が厳しい状況に追い込んだ責任は結構ある。
フランスのバンリューが発展したのは、アルジェリア等の独立が進んだ1960年代以降である。無論奴隷貿易というわけではないのだが、フランス復興だとか言っている時に、アフリカから労働資源を引っ張ってきたのだ。それはある意味移民にとっては苦渋の選択であっただろう。