お見合いが、「最悪の結婚制度」ではない理由。

ta-nishi.hatenablog.com
を見て。
タイトルはつり。反省はしない。

お見合いは結婚制度ではない。

見合い - Wikipedia

見合い(みあい)とは、結婚を希望する男性と女性が、第三者の仲介によって対面する慣習であり世界各国にある習慣である。

見合い - Wikipedia

「お見合い」は「結婚を希望する男女の対面の仕方」の一つであり、「結婚制度」に組み込まれてはいない。


細かい事かと思われるが、まずそれ。

「 田舎のお見合い」と「現代の、あるいは一般的な、お見合い」はかなり異なる。

無論、「恋愛結婚よりは付き合って確認する期間は短い」のであるが。

  1. 最初は仲人を介して「お見合い」する
  2. 「後は若い者にまかせて~」という事は無論あるが、話の下手な人を補助する人がいる
  3. 仲人は一人ではなく、男側・女側二人いる事が多い
  4. 三回くらいで仲人に「可不可」を伝える

無論、「仲人は結婚させたいという事で、断るのを説得する事が多い」のではあるが、少なくとも断れる(男女とも)。
結婚式の際には仲人も招待されるが、ある種の「身元保証人」でもあるし、付き合いもする必要があるが、メンツというところでは結婚相手を挟んだ両家の諍いの時にもちゃんと応答する必要がある。

うまくいかない原因には別の理由がある。

エントリ主のは、「村の権力者家系」同士なのでこれが結構働かない。
ウチの父方の祖父母は父親が小さい頃に離婚しているのだが、祖父が土豪の家(その地域を支配していた仙台から愛媛に移ってきた一族と、土着の一族が親戚同士であり、祖父は養子である)、母方が都会の武家の出(松山は都会。なお、警察キャリアの祖母の兄弟がいたり、いかにも士族)、爺さんは戦後フーテンというか何故か中部地方に出稼ぎ(屋敷火事で燃やした・そもそもエンジニア気質)、離婚した婆さんは松山の方で女性ひとり暮らし、父親は親戚の家に預けられた感じ。
おそらく問題は「離婚しなかった」ところに強くあって、とは言え、「結婚したら相手の家の人」というのも当たり前にあったし今でも実のところそこそこ「家」意識があるとそんな感じだよ。
安倍総理が子供がいないのだけど、これ結構珍しいというか夫人にかなりプレッシャーがあっただろうなあとも思う。


婆さんがモンスター、というのもイエ制度の中では自然発生的に涌く。
一族の中の女性というのは、家の旦那さんの嫁であれば、上の人に従うし、婆さんが一族の中心になる事は多々ある。爺さんがいるとバランスが取れるのだけど、爺さんも家の中の権力関係については実は疎いという事が多いし。
お母さんは亡くなられたそうなので、多分あんまりお母さんの嫉妬は理解しないだろうが、家制度の中では夫婦の絆より親子の絆の方が強い事があり、特に母→息子、父→娘というところでつながりが強くなる。ただ、娘の方は「よそへもらわれる」の。
結論としては、人間が家を形成する際にどうしても発生するもので、それの良い悪いとか程度とかはあるけど、ある意味本能に近い、自然と形成されるものなのよ。
歴史上も「閨閥」とか言われるかと思うけど、若い頃いじめられてたけど嫡子産んでから権力を持ったとか、その子がトップに経って皇太后になると最強の無茶な事やり始めるとか。


ある種お母さんは革命を起こしたわけで、旧勢力から反乱分子として咎められる(実際には忠誠の証として公言する事を強いられる)のだよ。
「知らなかった」とは言うんだけど。普通、両親の面通しはするね結婚式の前に。その辺りの手配がなあ。

余談:教訓にはなるとは思うよ。

こういうと何だけど、「死んだお母さんの美化」ってのもあると思う。


最初は婆さんの問題だったかもしれない。父親の素質、母親の素質かもしれない。
ただ、結婚してから「その状況を改善しなかった」のは、結局のところ、父親母親が果たさなかった役割だよ。
神や後世の視点を持ってるわけではないし、タイムマシンがあるわけでもないから、後付けの知恵でどうこうする事はできない。


初期条件が悪いことはさして重要ではなく、どう進む・変えてくかというところだと思う。