気持ちは分かるが。

勝手に測定されててもかなり気分の悪い事ではあるよ。

最近、Webなどで、何とかチェックに答えさせられることはありませんか?。
満足度チェック、ストレスチェック、モチベーションチェックとチェックに事欠きません。
Webで答える形式がほとんどです。
1から5までの5段階になっていて、いい、どちらかというといい、どちらでもない、どちらかというと悪い、悪い、のような形になっています。
期待することと、現実の両方を聴いて、期待よりも現実の方が悪いと問題、というような設問形式が多いような気がします。
それを集計して、過去と現在を比べたり、組織ごとに比べたり。問題のある個人に接触しケアをしたりと指標として使われることの多いこのチェックですが、少し辟易するところがあります。

企業のチェック地獄に物申す - orangeitems’s diary

「社外の信頼がおける所の仕組みを使って」(社内でのなあなあなチェックではなく)
「職場環境の健全さをチェックしている」という体裁の為にやってます。


近健全な職場づくりというのが、日本国政府の方針としてある訳で、極めて形的に行わないとやった事にならないのです。いや、官公庁とは違うやんけとかは置いといて、ですよ。


アレでなかったらどうなるのかというと、こういうやつです。
www.asahi.com
これ、モニターされている社員はほとんど実験動物として扱われている訳ですが、この手の「監視」は増えていくかと思います。こういう働き方にどこまで「なれるのか」という事を試されている気もしますが、ただ、「ある日会社に来るとPCがロックされていて、別室に案内され、休職を進められる」とかってシチュエーションがあったら、不安が増強されてそれもストレスにはなりますよねと。


真面目に語ると、監視などの「介入」が影響を与える事はしばしばあり、統合失調症の人が抱く妄想が現実になりつつあるなあとは思いますが、いい加減、「それがストレスです」という話もちゃんとしないといけないんじゃないのとは思います。

評価指標のジレンマ。

ところが、その見える化したつもりのその数値。本当に正しいでしょうか。

企業のチェック地獄に物申す - orangeitems’s diary

日本では、数値そのものを目標としてしまいがちなので、そうなります。利益率重視、とかですね。
ストレス度チェックの場合とか、評価指標がよくなる事が目標である事が大変よく分かるのと、それが良くない場合に何が行われるか、強制的に上司との面談が設定されたり、同僚とのスキンシップ度合いとか図られたり、ヒアリングが入ったり、逆にストレス度を上げてしまう事がよくわかっているので、上の命令に下が慮って、ストレス度を低めに評価するというのはあるかと思います。


そもそも、こんなやり方で客観的に評価をするのは難しく、根拠も微妙です。たくさんの患者を使って根拠を作るあらっぽいやり方でしか根拠はなく、ではこのストレス度がどれくらい上がるとどう危険なのかなんて、全然わかんなかったりします。


そのあたり、KPIとは少し異なるのですが、KPIも空転しがちな指標という事では似たようなものかも知れませんが。


売上が伸びる訳でもない部門では、よくKPIが利益率に置かれがちです。が、短期的にコスパ求めるのはいいけども、長期的に見た時には売上をちゃんと挙げないとどうしようもなくその分野が閉じていくというケースは、めちゃくちゃいろんな所で発生しているかと思います。
上長の判断速度!とか指標化すると面白いとは思いますが、あんまりそういう目で評価する事がなく、何故か役職含めて同一の指標で企業人の能力を測る事が多いです。なんの戦略的行動を取っていない上長ってどうよとか思うのですが、こういう、特定の役割によって大きく部門のパフォーマンスが影響されるという所に、わりと企業が鈍感な気がします。
結果、作業者がどんどん属人的な独特な能力を発揮する事なく、最短手順で作業をいかにこなすかという所で評価されていくというあんまりよくない循環は発生します。


見える化、でキャッキャウフフ出来る経営層ってのもホント困るんですよね。見えてもその数値を操作出来るかは別なんだけど、それを目標化する事でいびつなオペレーションをやらざるを得ないという。

余談というか愚痴

なんというかなあ、余裕のないプロジェクトが多く、昔の例えばCOBOLのプロジェクトなんかよりももっと資料の少ないプロジェクトが逆に増えているような気がします。近年のプロジェクトの方がドキュメントがあまりにも貧相で、いきなり実装見ろみたいなの多いんですよね。
ものすごい勢いで技術的負債を作るような形にプロジェクトが運営されていて、なんでだろうと思うと、結構メンバーの精神構造が「動けばいい」に寄り気味なんですよ。
みんなミーティングとかやりますけど、ミーティングで技術論的な話が出てくる事もかなりないです。ウォーターフォールが文句言われながら使われ続ける理由の一つに、モラルの低下を押さえる為のドキュメントの形式がある程度揃っているというのもあり。やな話ですけど。
ドキュメントベースドマネジメントというんですかね、要望とか後追加して差し込んでくるお客さんも多いんですが、いざ裁判になると証拠になってくるので強めなんですよね。