生物学的に見ても性差はグラデーションありますし、そもそも「区別しようとする社会の動き」はジェンダーですよね。

性差別はジェンダーでなくセックス(身体的性別)由来であるという主張の矛盾について - Transgender+Gay

生物学的性別は、性染色体でも決まらない。

だってトランスジェンダーの人がいるじゃない。以上。
いるものをないとか言わないですよ。そういう学問じゃないんで。原因的なものはどっかにあるかもですがようは分かりません。ただ、性決定が遺伝子支配的とは言え、ホルモンなんかも含めて結構カスケード的に決まっていくものなので、どっかに何かあっても結構分からんものです。
また、男性や女性の中でもグラデーションあるもので、生理とか精通とか閉経とか標準で決まる感じもしないんです。わりと栄養状態もありますし、性器の大きさや形状は違うもんです。
気になる人は整形されたりするようですが、整形の範囲は自由意思でされるのがいい事だと思いますが、メスを入れる事にはリスクありますし、オススメしたくないんですよ。
整形は、コンプレックス等の解消に役立つのは確かだし、社会の偏見を無くすのは簡単ではないので、実施される事を否定しませんが、色々な魅力のあり方はあるんじゃないかなとか思う方です。

性自認って、「その日の気分で変わるようなものではない」んですよね。

昔の人体実験とかでも悲惨な例あるんですが、教育やらで変えられるなら苦労はないんですよ。そりゃ一部は教育効果ありますけど、そういうのでは無理な、生まれながらの外見的な性で生きるのに苦痛を感じている人々がトランスジェンダーと呼ばれているのです。
あと、ふつーの人でも多分普段男性的に自認してるとか女性的に自認してるとか曖昧さの中にあるとは思いますよ。

そもそも女らしさとか女かくあるべしとかに苦しめられてたのでは。

まー、私も男性ですが、結婚するまでは親や周りからの視線には悩まされたものですが。
いやまあ、社会は型にはめたがるもんなんで仕方ないっちゃ仕方ないし、他人の生き様に気をかけるとかで社会の繋がりになってくるのはあるのも分かるんですが、煩わしい時は煩わしい。
とは言え、自分と相手とその他、みたいなセカイ系な人生は、ちと幼いものだとは思います。パーフェクトヒューマンは詐欺的な理想ですからね。

他人に「証明迫られる」のってイヤですよねと。

例えばですよ。
「お前、胸小さいし、毛深いし、実は女じゃないだろ。」って言われて、検査されたら嫌じゃないですかね。
そもそも、遺伝子検査とか性別判定を正確にはしてないし、ネット上の人の称する性別なんてホントのところなんて分かんないもんですやん。
風呂入る時に、奪衣婆みたいなのにチェックされるのがふつーでしたっけと思うんですよ。


公共空間のあり様なんて、一定そういうもので、「薄い胸だから手が当たっただけで痴漢ではない」とかって決められたいコトふつーないと思うんですけどねえ。

まあ、色んな考え方はあるでしょうが、考え方一つで取り扱いが変わるものってジェンダーの範疇ですわなと。

以上。