悪役のいない物語は、「本当に優しいの?」

「のうりん」の悪意の無さと優しいキャラクター、優しい世界観 - ご機嫌よう。さようなら。」を見て。


ボクは道徳的なものを肯定したい、という気持ちはないし、道徳的に正しい事を押し付けたいと、思ってない。
のうりん!」がアニメ化されてなかったら、どうせキャラクターは非実在だしーとかって踏み躙っても別にいいと思ってる。


ただ、

そんなどーしょーもない(でも好きだ)笑いのオンパレードな「のうりん」ですが、個人的に凄く好みなポイントがありまして、それっていうのは今のところ"悪人"と呼べるようなキャラクターが一人も出てきていないこと。主人公である耕作や林檎に対して悪意を持った人間が一人も出てこないところなんです。

そういう意味では「のうりん」は、凄く優しい作品で、同じく大沼心監督作、ラノベ原作のコメディアニメである「バカとテストと召喚獣」よりも自分は好き。「バカテス」はバトルものの要素もあった作品だったので主人公たちの魅力、能力の引き立て役として登場をする類型的な悪役キャラの存在がどうにも気になっていたもので…。だから、そういう単純な"悪"の存在が皆無で、ひたすらお馬鹿なコメディに徹している「のうりん」の性善説的な世界観っていうのは凄く居心地が良くて(勿論、この後のストーリー展開次第では、そういう善悪とかの対比が行われたりもあるのかもですが…)。

 

そんなわけで、件のシモネタに関してもある種のピュアさがあるというか、子どもが「チンチン」とか「おっぱい」とかやたらと口にしたいるする、そういう無邪気さみたなものすら感じられるんですよね。

「のうりん」の悪意の無さと優しいキャラクター、優しい世界観 - ご機嫌よう。さようなら。

作品の作り手に、悪意はない、と思う。
ただ、作品の中に流れている、オチに使われてる40歳女教師とかが、おそらく「人」として認識されてないだけだろう。


敵がいない代わりに、例えばBLを「ネタ」にしたり、アラフォーを「ネタ」にしたり、物語上の「嘲笑われる人」というのをキッチリ設定しているし、
敵として扱わずに、十分に、周りの人の心を蹂躙してるんだけど、
「悪意があってやってない」だけに、かなり踏みにじってる感じが出てしまってる。


若い子達は、「うはは、40代ババアひでえ」とか言えるのかもしれない。まあ、あのアニメ見るの大きなお兄ちゃんぐらいだろう。


けど。
8話はやり過ぎだろう。オマケに途中で入るCMが。
いや本当に笑えない。
「アラフォー幻魔拳」とか言っている声優が35歳で去年結婚しているのを見ながらメインキャストな昭和51年早生まれの声優(女性で多分未婚)がいるわけですよ。
AKB40とか後輩が歌うわけですよ。周りの男性キャストも残酷なセリフ吐くわけですよ。
この回なくしちゃうのが解決につながる、とは思わないんだけど、なんだろうね、この救いのない感じは。


笑いって結局は残酷なもんだ、という事なんだろうけども。
そこ忘れちゃいけないと思うんですよね。
声優ファンとかはやってないですけど。流石に、ね。
こういう事って、多分アラフォー(約40歳という事で、37〜42辺りまでを含む概念)だけじゃないと思うんですよね。アラフォーでも昔よりライン後退してますからね(昔オールモストサーティーって日高のり子が叫んでたけど三十手前かで結婚してました)。


笑いに敵は必要ない。蔑む何かがあればいい。
そういう業を持っている(例えアラフォーの声優がいないとしても誰かを傷つけている)ので、
そう簡単に、「優しい物語」なんて、いっちゃダメだと思うんですよね。