がんワクチンのお話。

http://ransougan.e-ryouiku.net/nhk01.html」を見て。
無茶苦茶な報道だなあと思いつつ。

元エントリを補足する形でつらつら書く。

報道の「質」の問題。

番組では、すい臓がんの被験者さんに対してワクチンが劇的に効果を示した成功例だけがVTRで流されました。
ワクチンが臨床試験の段階であるにも関わらず、番組の出演者からは「効果があるのに、どうして承認されないのか」という趣旨の発言もみられました。

http://ransougan.e-ryouiku.net/nhk01.html

番組では、すい臓がんのワクチンがどういった段階であるものなのか説明する必要があったと思われますが、出演者の方の言葉から考えると、試験の必要性が理解されていないのではないかと感じました。
それは視聴者に対しても同様で、患者会に寄せられた問い合わせの内容からも、番組はがん患者さんに対して「過度の期待をあおった」のではないかと考えます。

http://ransougan.e-ryouiku.net/nhk01.html

報道は2012-02だったらしいが、かなり問題がある。
期待感を煽った、というのもあるが、実際、ある程度この「がんワクチン」が有効でないということはその頃にはある程度固まっていた(プレスリリースで2012-02-29ということは、少なくともそれまでに情報収集から厚生労働省への報告等も済んでいるはずである。最低ひと月前には実験もクローズしてる)わけである。
元エントリで示された治験は参加者募集中断の為、少なくともこの段階では既にマズイということが分かっていて(だから止めている)、ちうことでもある。

治験が違う。

NHKスペシャルでは「すい臓がんの第3相試験」に関して取り上げられていました。
治験のデータベースで調べたところ、このワクチンの試験ではないかと思われます。

https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&type=summary&recptno=R000008586&language=J(UMIN)

治験が違う。

http://www.oncotherapy.co.jp/news/20120229_01.pdf
当社が開発中の新生血管阻害作用を期待したがん治療用ワクチンOTS102 について、膵臓がんに対する第?/?相臨床試験(PEGASUS-PC Study)の解析結果をご報告いたします。

OTS102 とゲムシタビン塩酸塩の併用投与群(実薬群)では、プラセボとゲムシタビン塩酸塩の併用投与群(対照群)に比べ、患者さんの生存期間を延長することが統計学的に認められませんでした。

これはこっち。

https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&type=summary&recptno=R000002006&language=J
試験名:切除不能進行膵癌及び再発膵癌に対するOTS102と塩酸ゲムシタビン併用の第?/?相臨床試験
https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&type=summary&recptno=R000005858&language=J
試験名:切除不能進行膵癌及び再発膵癌に対するOTS102と塩酸ゲムシタビン併用の第?/?相臨床試験(PEGASUS-PC Study)継続投与試験

まあ、がんワクチンの試験は幾つも同時に走っているので分かりづらいとは思う。
本論の、いわゆるRCTの話については同じなので関係ないけど、信頼性を損ねるので誰か言っといて。

二重盲検の維持の難しさ。

長期試験の二重盲検が一体どこまで判別不能なのか、については、正直な所がんという領域のこともあり、何とも言いづらい。
何せ、「切除不能進行膵癌及び再発膵癌」対象であり、他の治療が施せないという人達に対しての試験である。治っているならプラセボではない、という確率は相当高い。他の、例えば血液検査ですら一部ブラインドしないと明らかに分かってしまうという場合もあるし。
二重盲検の設定というのはあくまで理想論ではあるが、それを無理に維持するのもそれはそれで倫理に反する部分もあるわけだ。

1. 被験者がワクチンを投与していると知っていたとすれば、情報が漏れていたことになり、被験者保護の観点からも、倫理的にも問題があるのでは。
2. 被験者がどちらを投与しているかわからなかったとすれば、プラセボである可能性もあり、伝え方に問題があるのでは。
3. 被験者に対して試験が終わっていたうえで結果がわかっていたのであれば、その事実を伝える必要があったのでは。
と思うのです。

1については、一定期間の後には知らされていた可能性はある。フォロー終了が2012/03/01なので治験期間とすればここまでなのだけど、その前に治験薬投与を終えているのでその時点で教えられても問題はないし、重篤な副作用があったりプロトコル違反があって脱落になったりという際にはキーオープンになる。それは普通でもそうなのだけど、実際に対象の膵臓がんで治療効果が出て来る場合には、おおよそ効果が出てる場合には実薬である可能性はかなり高い。
んだけど、一定時期体調が良くなった大きくならない、程度の効果はプラセボであってもがんの場合治験に参加するだけで出てしまうこともある。
悩ましい。思い込みで作られている可能性も捨て切れない(実際の番組見てない)。
2については、伝え方に問題はある。根本的に、治験中の人に対してこんな治療効果に対しての宣伝みたいな報道を作ってはいけない。いけないのだが、がんワクチンについては、やたら効果を期待されていたという経緯がある。主導者が分り易く海外に出てしまい、「日本の医薬研究の遅れの象徴」として使われてきたこともある。日の丸のお薬として持て囃されすぎた。医学界でもこの薬の未来を否定するような言説が見られた試しがない。ロクに効果が立証されないにも関わらず。
3については、番組作成の終わりでは、既に結果がある程度見えていたと思われるが、キーオープンの日の手前であり全然確定ではない。

実はここでは悩ましいことがひとつある。プロトコルを見ないと分からないが、中間解析およびその報告はあったのではなかろうかと思われる。ただしそこで担保されるのはあくまで一定の安全性、程度なのではあるけど。中間解析の時点で結構良さげに見えた、という可能性はある。まあしかし、それでも、中間解析が誤っていたという可能性が高くなるだけだが。

NHKの人達、医師の人達の言う、治験の感覚は若干古めな気がしないでもない。

番組スタッフのインタビューから、スタッフに「治験」に対する理解がどこまであったのか疑問に感じるやり取りがみられます。

http://www.nhk.or.jp/special/eyes/17/index.htmlNHKスタッフインタビュー)

「新薬としての承認を前にした今だからこそ伝えられる治験の現場を伝えています。(河原さん)」

現在、がんワクチンは第3相試験の段階であり、結果が出たわけでも、承認申請がされたわけでもありません。
これを“新薬としての承認を前にした“という表現は適切でしょうか。
「治験」は薬事法に定められた「薬を承認申請するための試験」です。
「承認を前にした」という表現は正しくありません。
過去には、承認申請をしたものの「申請取り下げ」になった医薬品がいくつもあります。

これからは、更に増える。
かつてドラッグラグを生んでいた治験の構造は、いくつかの治験段階をまとめることで期間がかなり短くなった。
感覚としては、年々ハイペースのスケジュールになって来ていて仕事しんどいんですがと思いつつ、ヒイヒイ言いながら裏側のお仕事している。単純に、五六倍の本数やってるし。
かつて第3相は、「お披露目試験」と呼ばれていた。有効性は既に大抵の所Ph-2で立証されており、安全性とかで時間掛かるものが対象患者も増やして行われる、という感じだ。所が、この第3相に入るというある意味ぬるま湯みたいなステージが、簡略化によりかなり重要な意味を持つようになってしまった。
先に指摘した通り治験が違うのだが、その治験のタイトルに第2/第3相とあるが、これは先の半年とかの期間で第2相を行いここで解析結果を出し同じ症例で第3相を継続して行うという試験だ。無論、昔ならばこの第2相だって慎重に別分けされていたのだが、期間短縮及び無駄の排除によって今数多くの試験が複雑な目的の下で行われるようになっている。

副作用について。

本当にがんワクチンには副作用が無いのでしょうか。
がんワクチンは注射針で投与されます。
その注射針の痛みもひとつの「有害事象」です。

副作用、有害事象、最近使い分けが微妙になっているなあと思う。治験関連の人としては、治験期間中に、治験と全く関係無い有害事象以外は全て副作用としてカウントするのだけど、それには無論注射の痛みは含まれない。
注射の痛みでなく、赤斑出るとかは有害事象に入る。当たり前だけど、炎症反応重要。
単にプラセボでも有害事象は出る。針を突き刺してある程度液体を入れるということで、例えば下手くそだったとして空気入ったーとかは有害事象にはカウントしないが、針を刺すことでショックが起こる、というのはどうしてもこの治療では避けられないものだ。ので有害事象。
がんの有害事象・副作用というのは他の分野に比べてあまり広めには取られないが、それは、がんによって起こる悪い症状ってのが多すぎて元の症状に紛れるということがある。

そうでなくて、治験期間中の副作用では一般的な副作用の指標にはなるがそもそもゼロとは言い切れない、という所に注意するべきだ。
そもそも、かつてより治験の期間も減ったが対象患者も減った、ということに関して注意を払うべきだろう。再審査前の薬は全てまだ完全に有害事象のデータは集まっていないと考えるべき、医者も慎重投与を心がけるべき、というのは常識だと思う。
そういう意味では、NHKの人は本当には大して分かってないと思われる。

患者の立場に立って考える人は重要だが、患者の立場に立つ、というのはそれだけ全てを見渡せないということ。無論、製薬会社の立場に立って考える人ってのはすんごく多くて、このがんワクチンに関しては一般の医者も結構製薬会社側に立つ。それだけの物語があって、それを素直に見ている人が多かった。

今まで、ドラッグ・ラグというのは、行政の不手際と言われることも多かった。だけど、正直、昨今のスピードに関しては拙速という気持ちがスゴくある。統計学上最低限の症例、というので本当に担保出来るという保証は実はない。統計学上の前提を全て正しく満たしている訳ではないからだ。統計学がダシに使われコストカットされ、単にコストカットなら良いが、もう少し練るべきこと考えられるべきことが行われなくなっていっているのが非常に怖い。

余談:海外の承認薬が何故日本で使えないかという話の一助。

ライセンス問題。
輸入元の努力不足。
輸入元がそもそも治験を行う体力を有しない。
CROが無茶苦茶整備されてない(単なる下働きにしか使えない状況)。

統計家、治験の専門家を国内研究機関で自前で育てられない。
国からは金がずっと出ていない上に、国内大手は海外の製薬に比べると市場規模に比べるとあまりに小さい。外資系だって日本を単なる売り場としか見ていない。
海外だと高いヒエラルキー化でローコストでモニターとかを使うが中にはそれなりに金をかけている。が、日本では情報システム部門を外に出したは良いがシステムを考えられる人員を中に置いてない。

余りに金をかける感覚が海外と違うので、多分解消しない。今後、寧ろ外側では医療費高騰の原因とかでコストカットは更に進むだろうし。